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女性差別?!イスラム教のモスクで知った現実

私は、イスラム教信者ではありません。
かと言って、仏教徒というわけでもありません。

どちらかというと、「八百万の神」の考え方がしっくりくる。
すべてのものに神様が宿っており、すべてのものを尊重し、感謝をする。

あと、神様も完ぺきではないから、
たくさんいる神様同士でも力を合わせてやっていこうよ、という考え方。
これも好き。

ただ、今回代々木上原にあるイスラム教のモスク「東京ジャーミイ」の礼拝堂見学ツアーに参加させてもらい、取り入れたい考えがいくつかあったので共有したいと思います。

ところで東京ジャーミイって、何??

ロシア革命後に日本へ避難してきたイスラム教徒の方々(特にトルコ人)によって建設されたモスク。
建物に使われている大理石やシャンデリアなどすべてトルコから運び込まれた材料を使用しており、内装は決して華美ではないけれど、ブルーを基調としたとても素敵な装飾が施されている。
1階はトルコ文化センター、2階が礼拝堂となっている。

土日は14:30から礼拝の見学ツアーを実施しており、日本語でイスラム文化やイスラム教の話をわかりやすくしてくれる。笑いもたくさん。
礼拝堂では肌や髪の露出はNGだが、ストール及び黒いマントのような洋服を貸してくれるため普段着で訪問しても大丈夫。ただし、短パン・ノースリーブなどは敬意が足りないかもですね。

イスラム教では賽銭をもらってもいい?!

日本では賽銭箱から勝手にいただくと、犯罪です。
そもそも盗れないようにがっちりガードされている。
私たちが神様に言葉を伝えるために入れたお金は、もちろん神様に届くのではなく、お寺のポケットへと入る。(もちろん、いろいろ必要な活動に使われるのだろうが)

一方で、イスラム教の賽銭箱的な存在である「サダカの石」は、その石の上に置いてあるお金は、困っている人が勝手に持って行って良いというもの。

少し余裕のある人はサダカの石にお金を寄付する。
寄付されたお金はアラーの神のものになり、アラーの神から困っている方へ分け与えらているという考え。

残念ながら今はいつもオープンな状態ではなく、通常は鍵がかかってしまっているようだが、それでも寄付されたお金は貧しい方へ配分されるという考え方に変わりはないよう。

自分もいつ困る状況になるかわからない。
持ちつ持たれつで、余裕があるときはシェアできる人間でありたい。

お祈りをする場所が男女別!これは女性差別なのでは?!

礼拝堂に入ると、一階が男性、女性は礼拝堂の後ろ側にある二階へと行かされる。

イスラム教では「女性が抑圧されているのでは?」というステレオタイプから、
女性は端っこに追いやられてるんだ・・・と思ってしまったのですが、
理由を聞いたらすっごい納得!

お祈りに集中しなければいけない時に、
女性が隣にいたら男性は気になってしょうがないと。
(気になるというのは人間が繁栄するために必要な本能である)
だから、男女別にしているんだよと。
これは女性の立場からもそう。
お辞儀をしているときに男性が後ろにいられたら、確かに少し嫌である。。。

だから、女性が上の階であれば男性の目に女性が入ることもなければ、
女性も男性に見られることもなくお祈りに集中することができるのである。

西洋の考え方では、なんでも男女平等にということだが、
必要なことは機会の男女平等。
女性だからという理由で学ぶ機会や発言する機会が失われるのはおかしいが、
同じ場所で学ぶ必要は必ずしもない。
女子高のほうが男の子がいなから、勉強に集中できるかもしれないし、男の子に遠慮して前に出ないってこともなくなるかもしれない。男女共学のほうが、もしかしたらいろいろな機会を失っているかもしれない。

ようは、大切なのはなんのために男性と女性を区別しているのか。
そして差別ではなくて、区別。

一日5回もお祈りしてていいの?!

ところで、イスラム教の人って一日5回もお祈りするのだそう。

「いやいや、そんなにお祈りしてたら仕事する時間すごく少ないんじゃないの?!」って思ってしまった私に、
「ごはんって1日、何回食べる?」と。

最近は1日3回は食べている。
さらにお腹が空けば夜食も食べるし、15時におやつだって食べる。

「はい、それで5回!」

だそうだ。

お祈りはご飯と一緒。

ご飯は健康な身体をつくる。

お祈りは健康な心をつくる。

だから一日5回だそうだ。納得。

毎日を健康に過ごすためには、身体と心の両方大事。

なんとなしに参加した見学ツアーだけど、学びがたくさんあった。
イスラム教徒でなくても、素敵なところは取り入れていきたい。